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【相続コラム】根保証の相続

(1)「根保証(ねほしょう)」という言葉を知っていますか。

例えば、「甲が乙から、金500万円を借りるときに、丙が保証人になる」という場合、普通の人は、具体的に存在する借入金などの主債務について一時的に保証することだと考えますね。
このような一時的な保証ですと、甲が乙に、金500万円を約束通り返済すれば、丙の保証は無くなります。
ところが、丙が根保証人である場合、甲が乙に別口の借入金があると、先の金500万円を返済しても、丙の保証責任は無くなりません。
このように「根保証」とは、継続的に保証することなのです。
会社組織で事業経営されている人が、会社名義で、銀行・信用金庫・信用組合・ノンバンク等と取引(金銭貸借・手形割引・当座貸越など)を始める際に、代表者や幹部役員が個人保証をさせられますが、それら保証のほとんどが「根保証」です。
会社の代表者や役員をした人が亡くなった場合、相続人が多額の「根保証債務の返済」を請求される場合があります。
包括根保証(保証限度額及び保証期間が限定されない根保証)であった場合や、そうでなくても保証限度額が高額に定められている場合があるからです。
保証期間を定めない根保証契約が長期間継続すると、保証したことを失念する場合もあります。

(2)昨年、リーガル法律事務所の弁護士が法律相談を受けたA女

A女はそのような一人でした。A女の父親は、30年前にX株式会社を設立し、代表取締役として不動産仲介業をしてきましたが、10年前、長男B(A女の弟)に代表取締役社長の地位を譲りました。
父親Yは、賃貸ビルを所有していましたが、長男Bは不動産の地上げで儲けようと考え、父親Y所有の賃貸ビルをX株式会社に売却させた上、5億円の売却代金をX株式会社に運転資金で貸与させるなど、したい放題でした。
しかし、長男Bは、地上げした不動産の転売に失敗し、10億円もの負債を抱えてしまい、平成17年9月、X株式会社と長男Bは自己破産しました。
その頃父親Yは、病気で寝たきりになり、25年前に遠方に嫁いだA女は、病気見舞いに来た際に、父親Yに、「破産したX株式会社や長男Bの借金の保証はしていないでしょうね。」と訊ねました。
父親Yは「X株式会社の社長をBに譲る前からの借金は返した。
Bが社長になってから、一切保証人になっていない。」と言いましたので、A女は安心しました。
A女は父親Yから、財産として40坪の借地上に建つ築18年の木造家屋(自宅)M銀行に定期預金2000万円があること、借金が一切ないことを聞いていました。

(3)父親Yが平成18年3月に亡くなり、その法定相続人

法定相続人は、父親Yの妻C(A女の母親)、長女A女、長男Bの3人でした。
長男Bは、父親の財産は貰えないといって、家庭裁判所に相続放棄の申述をしました。
この結果、長男Bは相続人でなくなり、Bに子供がなかったことから、相続人はA女とCの2人だけとなり、A女とCが2分の1ずつ共同相続することにしました。
A女とCがM銀行に行き、定期預金の解約を申し入れたところ、M銀行の担当者から「X株式会社の取締役であったY氏は、X株式会社の債務を保証していました。X株式会社の破産により、当行の貸金の回収ができません。定期預金の解約には応じられません。」と言われ、大変驚きました。
それでA女は、リーガル法律事務所の弁護士に対応策を相談したのでした。

(4)A女が弁護士に相談したとき

A女が弁護士に相談したとき父親Yの死亡から2ヶ月以上経過していましたので、弁護士はA女とCの代理人として、ただちに家庭裁判所に「承認・放棄の期間伸長の申立て」をしました。
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内に単純承認か限定承認か相続放棄のいずれかをしなければならず、3ヶ月以内に限定承認や相続放棄をしないときは単純承認したものとみなされます。
しかし、3ヶ月以内に相続財産の全容が判明しない場合がありますから、申立てにより、相続財産を調査し、単純承認するか限定承認するか相続放棄するかを熟慮できる期間を伸ばすことが、認められています。
A女の場合は、父親Yの死亡を知った時が、自己のために相続の開始があったことを知った時となりますので、父親Yの死亡を知った時から3ヶ月を経過すると、単純承認したものとみなされ、父親Yから相続した財産が債務超過だと、A女が元々保有する資産収入で父親Yの債務を精算しなければなりませんし、A女に資産収入がないときは、自己破産や民事再生を検討しなければなりません。
そこで、限定承認するか相続放棄するかを検討できる期間を伸ばすことにしたのです。
  

(5)弁護士による調査

弁護士が調査したところ、父親Yは、15年前にX株式会社が初めてM銀行から融資を受けた際に、M銀行との銀行取引約定書に根保証人として署名押印していました。
父親Yは、10年前に長男Bに代表取締役の地位を譲り、平取締役になりました。
長男Bが代表取締役の時に、X株式会社がM銀行から融資を受けた貸金1億円について、父親Yは、根保証を負うのでしょうか。
この点に関し、代表取締役の辞任後になされた会社の借入れについて、辞任後は会社と一切関係がなくなり経営や財産状態などを知りえない事情などがある場合、元代表取締役の保証責任を否定した下級審判決があります。
父親Yは、X株式会社のオーナー(大株主)で、破産当時に平取締役であったことから、父親Yの保証責任を否定することは非常に困難と思われました。
では、貸金1億円についての父親Yの根保証責任は相続されるのでしょうか。
この点に関し、判例は、保証限度額が定められている場合には、保証人たる地位が相続されるとしています。
さらに判例は、被相続人の生前において、具体的にすでに発生していた主債務の保証債務について相続を認めています。
父親Yの根保証限度額が1億円と定められていたことや、父親Yの生前に存在していた貸金であったことから、M銀行のX株式会社に対する貸金についての1億円の根保証債務が、父親Yの相続財産になるわけです。

(6)借地権の査定

父親Yの40坪の借地権を不動産業者に査定してもらったところ、金6000万円位の評価でした。
弁護士は、母親Cが自宅にずっと居住したいと希望したことから、A女とCの二人で限定承認をする旨の申述を家庭裁判所にしました(長男Bが既に相続放棄をしていたので、A女とCだけで限定承認できるのです。)。
そして、父親Yの債権者はM銀行だけでしたので、限定承認手続後にM銀行と協議し、定期預金で根保証債務2000万円を返済し、父親Yの40坪の借地権を地主の承諾のもとにA女の夫に6000万円で購入してもらい、その代金全額を根保証債務の返済に充てることにつき、M銀行の同意をもらいました。
このように、A女の場合は何とか解決できました。

㊟プライバシー保護のため、掲載事例は、事実関係を一部変えています。

このほか、リーガル法律事務所が相談された別の事例ですが、会社社長をしていた父親が死亡して5年以上経過してから、二代目社長の息子が会社を破産させてしまったところ、父親の不動産を共同相続した他の子らに、借入先の信用金庫から父親の根保証を相続しているとして、返済を求められた事例もあります。
   
会社組織であれ、個人経営であれ、経営者やその家族が「根保証」をしている例は少なくありませんので、そのような人の財産を相続することきは、注意して欲しいと思います。

この記事の監修者

弁護士・税理士・ファイナンシャルプランナー(AFP)

小林 幸与(こばやし さちよ)

〇経歴

明治大学法学部卒業、昭和61年に弁護士登録。現在は第一東京弁護士会所属の弁護士に加え、東京税理士会所属の税理士、日本FP協会認定AFP資格者。

日弁連代議員のほか、所属弁護士会で常議員・法律相談運営委員会委員・消費者問題対策委員会委員など公務を歴任。

豊島区で20年以上前から弁護士事務所を開業。現在は銀座・池袋に事務所を構える「弁護士法人リーガル東京・税理士法人リーガル東京」の代表として、弁護士・税理士・ファイナンシャルプランナーの三資格を活かし活動している。

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